コラム

長野県内初の開催!市民との学び・対話・共創で気候変動に取り組む「気候市民会議まつもと」

エリア : 松本市

 

2024年9月にスタートした「気候市民会議まつもと」。今回は、全6日程のうち2024年9月7日に松本市民博物館で開催された第1回目の様子をお届けします。
世界各地で開催されている「気候市民会議」の枠組みや松本市で開催された背景の説明からはじまり、有識者による情報提供、参加者同士の対話といったかたちで会は進行していきました。

無作為に選ばれた市民で提言をつくる?「気候市民会議まつもと」とは。

松本市、信州大学、気候わかもの会議まつもとの3者による実行委員会によって運営されている「気候市民会議まつもと」。オープニングでは、まず実行委員長を務める信州大学人文学部准教授・茅野恒秀氏が「気候市民会議」の枠組みについて話しました。

「今回、ここに集まっていただいた参加者は、松本市民から無作為に抽出された5000人の中から、参加表明、抽選を経て選ばれた49名の方々です。
そもそも『気候市民会議』とは、無作為抽出された参加者が社会課題についてさまざまな観点から議論を重ねていくことで、合意の形成をめざす『ミニ・パブリックス』と呼ばれる取り組みのひとつ。2019年以降ヨーロッパを中心に展開されており、今回の松本での開催が日本では18例目となります。

社会の縮図となるように年代や性別のバランスを踏まえながら無作為に選出された市民が主体となり、十分な専門的情報の提供を受けながら議論を重ね、提言として取りまとめます。そして、その提言は脱炭素社会の実現に向けた効果的な政策や施策を生み出すために実際に活用されていきます」

関東圏や政令指定都市を除いた地域では初めての開催だという「気候市民会議まつもと」。松本で開催することの意義について茅野さんは話します。

「松本では、環境省が認定した国立公園初のゼロカーボンパーク・乗鞍高原をはじめとして、脱炭素化に向けた取り組みが局所的には進んでいます。しかし、いちエリアやいち事業者単位の取り組みではこの複雑な社会課題に向き合いきれません。多くの市民が自身の問題として、また松本市全体の社会課題として、この転換を捉えていく必要がある。これは、地域社会の誰一人も取り残すことなく持続可能なライフスタイルを実現するプロジェクトなのです」

「微力ではあっても無力ではない」。副市長も、市民も、一緒になって。

続いて、松本市副市長・宮之本伸氏が登壇。気候変動についての強い想いを語りました。

「世界の異常気象や社会情勢に目を向ければ、私たち一人ひとりの小さな行動がどれだけ意味を持つのか、暗澹たる思いになることもあります。でも、私たちは微力ではあっても、無力ではない。ぜひ6回を通じて、持続可能なアクションプランを作成していただき、市としても積極的に採用していきたいと考えています」

オープニングを終えた後は、自己紹介を兼ねた対話の時間に。居住地域や年代によってグループをつくりながら「呼ばれたい名前」や「松本の魅力」、さらには「気候市民会議まつもとをどんな場にしたいか」について、参加者同士で伝え合いました。

まずは付箋に考えをまとめてから共有。

「異なる立場の人たちと身近な自然環境について意見を交わしてみたい」
「自分の小さな行動がどんな意味を持つのか。考える場にしていきたい」
など各テーブルごと、考えを交換し合いました。

「今、人類は化石燃料文明から卒業しようとしている」

次に参加者同士での議論を活発化させるために、気候変動に関する背景知識のインプットを行うことに。有識者による情報提供の場として、まず気候変動対策の第一線で活動されている東京大学未来ビジョン研究センター教授・江守正多氏が登壇。「気候変動問題の現状とこれからの社会」というテーマで話しました。

まず「気候変動は止められると思いますか?」という問いかけからスタート。ほとんど手を挙げる参加者がいない中、「今回の話を聞いて『気候変動を止める』とは一体どういうことか、具体的なイメージを持っていただけたら思います」と語りかけました。

そして、人間活動が世界の気温変化に与えている影響、気温変化のシミュレーションについてデータをもとに解説。さらに海面上昇や食糧不足など温暖化によって生じるさまざまな弊害について解説しました。

「先進国が排出したCO2によって途上国が深刻な影響を受けてしまう。つまり、気候変動の原因に責任がない人たちが煽りを受ける構造になっているんです」

また、現状のCO2の排出削減ペースでは全く足りていないことも説明。再生可能エネルギーの比率を指数関数的に伸ばし、化石燃料から急速に脱却しなければならないことをグラフを用いながら視覚的に伝えていきます。

「一方で、CO2排出削減の技術や手段はすでに存在していて、かなりの部分は対策しないときよりも経済的なコストも抑えられることが明らかになっています」とも話す江守氏。それでも転換するスピードが追いついていないことについて、「脱炭素化によって損をする人は、脱炭素化推進に反対するのは自明です。だからこそ、利害の調整や信頼関係の構築などを行うことで、社会の調整スピードを高めていく必要があるんです」と話します。

江守さんから提示される新たな視点に、参加者は時折メモを取りながら耳を傾けていました。

 

終盤では、日本の現状についても紹介。気候変動対策について、世界的には「生活の質を高めるものである」という認識が一般的であるのに対し、日本では「生活の質を脅かすもの」という認識が根強いというデータが得られていることを紹介。その上で、「脱炭素化は、しぶしぶ努力して達成できることではない」と言います。

「かつての産業革命や奴隷制廃止といったレベルで、人々の常識や社会の仕組みが変わる“大転換”が必要です。『石器時代がなくなったのは、石がなくなったからではない』という言葉があります。今、人類は『化石燃料があっても、使うことをやめる』という化石燃料文明からの卒業を目指しているところにあると言えるでしょう」

最後に、質疑応答へ。参加者からさまざまな質問が寄せられました。
たとえば、とある参加者の女性からは、「身近なできることとして、『こういうことを取り入れたらいい』という具体的なアクションを教えてください」という質問が。

それに対して江守さんは「家やクルマなど、次に大きな買い物をするタイミングが大切」だと言います。

「家を高断熱・高気密にする。クルマを電気自動車にする。そうしたアクションは大切ですが、そういった商材は一度購入したらなかなか変えるのが難しいため、今すぐに全部転換するのは現実的に難しいと思います。実際に私自身も、マンションに住んでいるので充電設備にアクセスできないため、ハイブリッド車に乗っています。でも、今はそれで構わない。次の購入タイミングで環境負荷の少ないものを選ぶことが大切です」

 

気候変動対策は「緩和」と「適応」の2つの側面から。

続いて登壇したのは、長野県環境保全研究所の浜田崇氏。「松本市域における気候変動とその影響」と題して情報提供を行いました。

「気候変動は、地域ごとに特徴がある」と浜田さん。「たとえば気温上昇によって、東京では熱中症患者が増える。長野では雪が減る。そういった地域ごとの影響を知ることが大切です」と話します。

そして、松本の市街地付近、今井エリア、奈川エリア、上高地エリアの4エリアでどのように気候の特色があるのか。そして、各エリアどのように気温が上昇しているのかをデータで紹介。その上で、実際に松本市内で生じている気温上昇による弊害を紹介しました。

「サクラの開花が早まったり、紅葉が遅れたり、農作物に高温障害が発生したり。また、意外かもしれませんが、3月の平均気温が上昇することで果樹の生育ステージが早く進行してしまい、凍霜害を受けることも。その結果、果実の品質に深刻な影響が及んでしまいます」

意外な事実に、参加者も真剣な表情で聞き入ります。

後半では、松本市周辺の市町村も含めた気候変動の将来予測を紹介。自分たちが住んでいる地域で、どれだけ気温が上がるのか、どれだけ雪が降らなくなるのかを参加者は視覚的に体感しました。

最後に浜田さんは「気候変動は、原因を少なくする『緩和』と、影響に備える『適応』の2つの側面から対策を行っていくことが大切です」と伝えました。

質疑応答では、浜田さんから参加者に対して「自分たちが住んでいる地域は、暑くなったり、雪が降らなくなったと思いますか?」といった質問を提示。

参加者と対話しながら「こうした実感値をもとに、調査するのもおもしろいかもしれない」と話し、情報提供の時間を締めました。

気候変動における素朴な問いに向き合いながら。

最後のプログラムは、グループごとの対話の時間。「情報提供を受けて学んだこと」「気候変動とその対策における疑問や心配事」について、グループで意見を交わし合いました。

「気候変動対策と言うと『我慢しないといけない』というようなネガティブなイメージで考えてしまいがちだったけれど、ポジティブなイメージになるよう楽しくなるような方法・アイデアを考えたいと思った」
「松本市で実際に行われている取り組みには、どのようなものがあるんだろう」
など、さまざまな視点で意見が挙がりました。

その後、グループで挙がったいくつかの疑問に江守さんや浜田さんが応えます。参加者から挙がったのは、下記のような質問。
「製造や廃棄の過程で排出されるCO2を考えると、電気自動車やソーラーパネルの増加は、本当に気候変動対策になるのでしょうか」

その問いに江守さんが答えます。
「たしかに電気自動車の製造過程では、ガソリン車よりもCO2が排出される傾向にあります。でも、自動車を使い終えるまでのトータルでは排出されるCO2は少なくなる。そもそも国が掲げる『2050年時点でのCO2排出ゼロ』という目標を達成するには、そこまでにすべてのクルマが電気自動車になり、発電所から届く電気が排出ゼロになっていなくてはいけない計算になります。

また、ソーラーパネルも製造時にCO2が排出されますが、リサイクルの技術はすでに確立されています。ただ、一気に普及した後、リサイクルの周期が訪れたとき物量の多さに対応できるかどうかは、今後の課題として残っています」

最後に、実行委員会の一員として参加している、気候わかもの会議まつもとの信州大学3年生・矢花優太さんが挨拶をして第1回目は終了しました。

参加者からは「もともと気候変動には関心があり、他の市民の方や講師の意見を聞く中で学ぶことが多かった。自分がやりたいことや『こうしたらいいんじゃないか』と日頃感じていることを直接伝えられる貴重な機会なので、ぜひこの場を活かしていきたい」といった声が聞かれました。

今後も、「ゼロカーボンシティ」を実現するための市民目線の取組み・行動について、参加した市民が話し合い、アクションプランとしてまとめていく予定です。

執筆・写真:小林拓水
編集:北埜航太

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