今回ご紹介するのは、地域に生きる人、全員で取り組むゼロカーボンのかたち。
その舞台は、令和5年4月に環境省から脱炭素先行地域に選定された長野県・生坂村。北アルプスから流れ出る清い犀川や、広がるぶどう畑など、美しい自然に囲まれた中山間の農村です。
ここで起きているのは、一部エリア・一部対象者だけのアクションではありません。村全域・全村民を対象に、村を挙げて取り組むこと。ぶどう栽培が基幹産業であるといった地域の特性や、雇用問題や空き家問題といった地域の課題に応じたゼロカーボンを実現すること。そんな新たなモデルの実現を期待して、生坂村の取り組みに大きな注目が集まっています。
なぜ生坂村は、ここまでゼロカーボンに力を入れているのか。どのように村全体を巻き込み、地域の課題解決を進めようとしているのか。
生坂村役場の村づくり推進室・藤澤友宏さんと西村友里さんにお話を聞きました。
基幹産業の維持、雇用機会の創出、空き家問題の解決……地域の課題解決に向き合うために。
−−生坂村が計画するゼロカーボンの取り組みについて教えてください。
藤澤:生坂村が目指すのは、地域内でのエネルギーの地産地消を目指す小規模電力網・マイクログリッド(※)をつくることです。そのためにまず、村が出資するかたちで民間5社とともに地域エネルギー会社を設立しました。そして、民家や耕作放棄地にPPA(※)太陽光パネルと蓄電池を設置。そこから生み出される電力などを活かしてマイクログリッドを実現する計画です。
※大規模発電所の電力供給に頼らず、一定範囲の地域でエネルギー供給源と消費施設を持ち地産地消を目指す、小規模なエネルギーネットワークのこと。エネルギー供給源には、太陽光発電や小水力発電などが利用される。
※Power Purchase Agreement(電力購入契約)の略。一般的に太陽光発電事業者(PPA事業者)が自治体・企業の屋根や遊休地などに無償で太陽光発電設備を設置し、発電した電力を供給(販売)する仕組みのこと |
西村:そのほか、山林資源を活かして木質バイオマス(※)の利活用を推進したり、断熱性能を強化して電力消費を抑える空き家の脱炭素リノベーションを進めたり、公用車・村営バスのEV化を進めたり。さまざまな観点からゼロカーボンを推進しています。
※バイオマス燃料……木材や枝葉、家畜の糞尿などから作られる、生物由来の再生可能なエネルギー源のこと
−−それぞれの取り組みの具体的な内容について知りたいです。
藤澤:マイクログリッドから説明しましょう。生坂村が取り組むのは、「民間裨益(ひえき)型自営線マイクログリッド」と呼ばれるもの。裨益とは「助けとなり役に立つ」という意味です。一般的にマイクログリッドをつくる際は、災害が起きた際に役場や避難所といった公共施設への電力の安定供給を目指すケースが多いんです。
でも、生坂村の場合は、そのような公共施設に加えて生坂村の基幹産業であるぶどうの生産地や加工施設、販売先にも電力が供給される。だから、非常事態が発生しても農家さんが事業を継続できるようになっています。
西村:生坂村には広大なぶどう園があります。その維持管理を行うには、ファンを回し続けたり、水を汲み上げて散水し続けたり、電力を供給し続けなくてはいけません。実際に、過去に地域で停電が起きた際には、ぶどうの生育に影響が出てしまったという話も聞きました。安定的な電力供給は、この村の基幹産業を守るために重要なことなんです。
−−なるほど、マイクログリッドは非常時に村の産業を止めないための予防線にもなるんですね。
−−そのほかの取り組みについては、いかがでしょうか?
西村:ぶどう産業に関連すると、ハウスの加温に使っているボイラーの燃料を、化石燃料から木質バイオマスに転換する取り組みも検討しています。
再生可能エネルギーにシフトすることで環境負荷も抑えられますし、農家さんにとっても灯油の相場に左右されず安定した価格で燃料を調達することが可能になるんです。
藤澤:山林から木々を伐採し、木質バイオマスに加工し、ぶどう農家さんをはじめ地域の温浴施設などにも販売・供給する……今まさにそんなスキームを構築しているところです。
生坂村は、豊富な森林資源があるにも関わらず村内に林業を担う事業者が存在しないため、適切な山林管理がなされていません。また、村内の雇用機会も限定されている。この産業をかたちにできれば、生坂村が抱えている課題の解決にもつながるはずです。
−−地域の課題や特性を踏まえたゼロカーボンを進めているんですね。
西村:はい。空き家の脱炭素リノベーションも生坂村の課題や特性を踏まえた取り組みです。生坂村はかつて養蚕が盛んだった地域で、当時使われていた大きな農家造りの古民家があちこちにあります。ただ、高齢化が進んだり、子どもたちが村外に出て行ってしまったりして、空き家が増えてしまっています。
一方で、「生坂村に移住したい」というニーズは常にある。ただ、村内にはアパートもほとんどなく、住宅の受け皿が足りない状況でした。空き家に断熱という付加価値を付けてリノベーションを施し、住居として提供すれば、空き家問題と移住者用の住宅不足という2つの課題を一度に解決できるんです。
ゼロカーボンは、全村民にとって安全で暮らしやすい地域をつくる手段。
−−生坂村は、令和5年4月に環境省の脱炭素先行地域に選定されました。どのような点が評価されたと考えていますか?
藤澤:脱炭素先行地域というと、比較的大きな自治体の中の一部エリアにおける取り組みが多かったんですよね。ただ、生坂村の場合は、全域・全村民を対象にしています。
小さな自治体が村をあげてゼロカーボンに取り組むスタイルは、これからのサステナブルな農山村のかたちを構想する上で良いモデルケースになるかもしれない。うまくいけば全国に波及できるかもしれない……そんな期待を受けているんだろうと思っています。
−−なぜ生坂村はこれほどまでにゼロカーボンに取り組もうとしているのでしょうか?
西村:急峻な山々と犀川に囲まれた生坂村は、災害が起こりやすい地域です。仮に土砂崩れや倒木、河川の氾濫などが起きて幹線道路が寸断されてしまえば、あっという間に陸の孤島になってしまいます。実際に、これまで幾度となく災害に見舞われ、村民生活や事業活動に支障が出てきました。
特に近年は台風や大雨が頻繁に起こるようになっていて、災害発生のリスクが高まっています。地球温暖化の脅威を痛感し続けている地域として、村民の生活を守る立場として、村として何か行動を起こさないといけないという危機感を抱いてきました。
藤澤:そんな中、近年になって世界的にゼロカーボンを目指す動きが加速してきました。そういった潮流も踏まえ、令和4年6月に村長が生坂村ゼロカーボンシティ宣言を行い、翌年2月に生坂村脱炭素ロードマップを策定。そして、脱炭素先行地域の選定へとつながっていったんです。
西村:あくまで私たちの目的は、村民が安全かつ暮らしやすい環境をつくること。どうしても「環境を守る」「地球温暖化を防ぐ」というと、何かを我慢したり制限されたりするイメージがあるかもしれません。
−−たしかに少し不便なことも受け入れる、といった印象があります。
西村:でも、新しいスキームや技術を取り入れたゼロカーボンの取り組みは、村民の方々の生活の質を高めることができます。太陽光発電と蓄電池の導入によって電気代の負担が減るかもしれないし、断熱材を使用すれば空調を使わずに快適な空間で過ごすこともできるかもしれない。ゼロカーボンは、それ自体が目的ではなく、「安全で暮らしやすい村をつくる」ための手段なんです。
誰1人取り残さず、村全体を巻き込む。それが行政の役割。
−−今後、ゼロカーボンの取り組みをどのように進めていきたいと考えていますか?
藤澤:村の主役は、そこに住まわれている村民のみなさん。一人ひとりが望む暮らし方がある中で、村全体で「こんな生坂村にしていきたい」という共通認識をつくっていくことが重要だと考えています。
村役場だけ、1事業者だけが頑張っていても、このゼロカーボンの計画は実現できません。村民のみなさんを巻き込んで、”みんなごと”にしていく必要がある。そのために、村民のみなさんとじっくり丁寧に対話を重ねていきたいと考えています。
西村:生坂村がこれからも存在し続けられるのか、この村に住まう人が何代にも渡って安心して暮らし続けられるのか。まさに今、生坂村の未来を占う転換点に差しかかっていると言えるでしょう。
そんな状況の中で、行政には2つの役割が求められていると考えています。1つは、生み出した計画を実行に落とし込む体制を整備すること。国からの交付金を適切に予算配分する。村と共に計画の実行を担う地域エネルギー会社を設立する。マイクログリッドの構築やさまざまな施設や設備を用意する……そんなハード面の整備は行政が担うべき仕事です。
西村:そしてもう1つは、村全体で目指すべき旗を掲げて村民のみなさんを先導すること。藤澤も話したとおり、村民のみなさんはそれぞれの考え方を持っています。その中でいかに合意形成をはかることができるか。そして、何十年後の生坂村を見据えたときに最適な意思決定をすることができるか。みんながひとつの方向に向かって歩けるようにするのは、行政しかできない仕事だと思います。
藤澤:たくさんの方に協力していただいて、ここまでの計画が出来てきました。今後はこの輪を大きく広げて、より多くの仲間と計画を実行に移していきたいと思っています。10月21日には、地域おこし協力隊募集にまつわるイベントも開催されますので、関心を持ってもらえる方との出会いを期待しています。
全域・全村民を対象にしたゼロカーボンの計画だからこそ、誰一人取り残したくない。代々生坂村で暮らしてきた人も、新たに移住してきた人も、みなさんが恩恵を受けられるゼロカーボンのあり方をかたちにしていきたいと思います。
【イベント情報】※本イベントは終了しました。
地域の「ほしい」と私の「やりたい」をつなぐローカルキャリアを考える~長野県3町村による地域おこし協力隊募集~
本記事で取材した生坂村を含む、長野県内3町村の協力隊募集イベントを開催。
日時:10月21日(土)14:00〜16:00(個別相談も有)
会場:銀座NAGANO 5階(東京都中央区銀座5丁目6-5 NOCO 5F)
参加費:無料(※要事前申し込み)
Profile
地元の生坂村出身、1999年入社。村づくり推進室にて、村づくりに関する業務、企画全般、地域おこし協力隊等を担当、会計室係長を兼ねる。生坂村の脱炭素というテーマを、横断的事業として各部署とつなげて、村のゼロカーボンを目指す。
〈西村 友里さん〉
2019年に長野県入庁。2022年から研修派遣職員として生坂村役場で勤務し、生坂村民歴2年。前職は県庁健康福祉部で福祉関係の業務に携わっており、生坂村のこともゼロカーボンも初心者の状態でスタート。本プロジェクトを通じて、生坂村の自然と食文化に触れ、村民の優しさに大いに魅了されている。現在、夫と2匹の猫との4人暮らし。
くらしふと信州は、個人・団体、教育機関、企業、行政など多様な主体が分野や世代を超えて学び合い、情報や課題を共有し、プロジェクトを共創する場です。
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