実践者のご紹介

画像: 小布施牧場 代表 ・酪農家 木下荒野さん

「手の届く範囲でいい」 小さな牧場が描く持続可能な“楽農”のかたち

小布施牧場 代表 ・酪農家 木下荒野さん

酪農というと、みなさんはどのようなイメージがありますか?

牛と人間が共存している豊かなイメージがある反面、牛のゲップから出るメタンガスが地球温暖化の遠因にもなっていたり、森林を切り開いて牧場をつくるケースもあったりと、実は少なからず課題も隠されている産業なんです。

今回ご紹介するのは、「楽農経営による美しい里山づくり」をコンセプトに、日本の酪農の常識を覆すユニークな取り組みを実践している酪農家・木下荒野さん。地元・長野県小布施町で「小布施牧場」を経営し、「小規模・放牧・地域内循環」をキーワードにした持続可能な酪農を実践。6次産業化にも取り組んでいます。

楽農経営とは何なのか、酪農と美しい里山づくりの関係とは? そして、「小規模・放牧・地域内循環」による6次産業化がなぜ持続可能なのか? 小布施牧場から見えたちょっと未来の牧場のかたちをご紹介します。

 


 

小規模・放牧・地域内循環・6次産業……小布施牧場が取り組む、独自の酪農スタイル

 

––小布施牧場さんは独自の酪農経営に取り組まれていると伺いました。どんな点が他の牧場とは違うのでしょうか?

木下さん:私たちは日本の一般的な酪農と異なり、「小規模・放牧・地域内循環・六次産業化」に取り組んでいます。順を追って説明していきますね。

まずは「小規模」について。

小布施牧場で飼育している牛は、20頭ほど。小布施牧場の主力事業のひとつ「乳製品」を製造するためのジャージー牛に限っていえば10頭程度しかいません。基本的に家族経営で乳牛を飼育するとなると100頭ほどが一般的。酪農の常識からすると、とても少ない規模で世界最小になるかと思います。その理由は後で説明しますね。

次に「放牧」。

牛たちが歩いているのは遊休農地。持ち主の高齢化などによって使われなくなった果樹園に放牧しています。日本は、牛舎の中でつなぎ飼いするスタイルが主流。そのほうが管理しやすいし、牛のエネルギー消費を抑えることで牛乳を搾る量を増やすことができるからです。でも、私たちは、量より質を大事にしています。ストレスフリーな環境で育てることで、より高品質な牛乳を得られるようにしているんです。

果樹園の中に牛がいる光景は、なんとも新鮮。

 

そして、「地域内循環」。

小布施牧場では、地域で廃棄されるトウモロコシなどのカスを牛の餌として使っているんですよ。

また、土着の善玉菌を使って、糞尿を質の高い堆肥へと変えているのもポイント。その堆肥を農地に還元し、育った牧草や野菜を牛が食べ、また糞尿が堆肥になる。さらに、堆肥を使った農地では栗や野菜、果物も育てられます。それらを私たちの実店舗でジェラートとして地域の方々に販売する。そうすることで、地域のものを活かして、酪農・農業を行い、6次産業化して地域に届ける地域内循環の流れが生まれるんです。

 

果樹園の中に牛がいる光景は、なんとも新鮮。

 

堆肥を撒いた農地には、豊かな土壌がつくられる。

 

放牧地からクルマで10分ほど。ジェラートやチーズなどの乳製品を販売する実店舗「milgreen」。

 

人気商品のソフトクリームは、ジャージーミルクのコクが感じられる絶品。

 

milgreenの店舗ではジェラートやチーズも販売。目の前には子牛が放牧されている「小布施千年の森」が広がる

 

必要なものを、必要な分だけ。「適正規模」を意識して、実践していく

 

––ひとつ気になったんですが、通常よりも少ない頭数で、広い面積が必要な放牧に取り組むってことは、正直効率はあまり良くないような気もするんですが……。

よくぞ聞いてくれました。そもそも今は、世の中全体で「たくさんつくること」が前提となりすぎている気がしているんですよ。「いかに効率良くたくさんつくるか」を考えるから、配合飼料と呼ばれる栄養価の高い飼料を輸入して牛たちに与えて、牛舎に100頭近い牛をつなぎ飼いして育てる……。そういったかたちになっています。

でも、牛乳はすでに供給過多だと思うんですよね。次第に牛乳を飲む人も減ってきていますし、コロナ禍で牛乳が余っているという話も聞きます。極端なことを言うと、小布施牧場くらいの規模の農家が北信エリアに2、3ヶ所あって、そこで牛乳や乳製品を味わう程度でもいいんじゃないかな、と個人的に思っていますね。

 

 

––広いエリアに数軒だけでいい、と。

はい。牛のげっぷにはメタンガスやCO2も多いですしね。あまりに頭数が多くなると地球温暖化の遠因にもなりますから。

私たちとしては、牛がいる環境でもしっかり緑を育てて、二酸化炭素を吸ってもらう。自分たちの手が届く範囲内で、排出量をプラスマイナスゼロにできればいいなと思っています。

 

 

––でも、あえて効率を求めないスタイルでビジネスとして成り立つのでしょうか?

だからこそ、6次産業化なんです。適正規模で生産し、加工して価値を付けて販売する。また、血統の良い黒毛和牛を飼育して受精卵を卸販売するなどのビジネスにも取り組んでリスクヘッジもしています。

現在、スタッフ2名を雇用しながら父母兄と私の計6名で事業を運営しているんですが、週休2日制を実現できています。そもそも頭数が少なく、かつ、放牧して糞尿を処理せずそのまま堆肥化させていることで管理コストを下げているのがポイント。結果的にストレスフリーで質の高い乳が絞れれば、高い付加価値にもつながります。このスタイルにすることで、牛も、人もラクになるんですよね。

 

お手本はニュージーランド。「楽農」を通じて美しい里山風景をつくりたい

 

––なぜ小布施牧場では、そのような活動をしているのでしょうか?

創業したのは、「遊休農地を牛たちと再生させたい」という想いから。きっかけは学生時代に見た、とある新聞広告でした。そこには、スイスの美しい田園風景が載っていて、スイスには荒れた農地がほとんどないこと、牛などの家畜が美しい農地をつくっていることが書かれていたんです。そのメッセージに衝撃を受けて、自分も地元で牛たちとともに美しい景観を守っていきたいと思うようになりました。

 

 

––そうだったんですね。

それから大学を卒業して、国内外のいくつかの牧場で経験を積みました。特に衝撃的だったのは、25歳のときに経験したニュージーランドの酪農スタイル。

 

牛舎の中にいる牛も、首輪をつなげないのが小布施牧場流。

 

ニュージーランドの牧場は、まったく匂いがしなかったんですよね。しかも、牧場はどこも美しい景観が保たれている。それらの理由は適正規模だからだったんです。小布施町全体に相当ほどの広い面積の牧場でも牛は1000頭ほどしか飼育されていません。日本では狭い牛舎で100頭も飼われていることを考えたら、割合はかなり少ないことがわかると思います。

そんな実体験をもとに、ゆとりをもった広さで適正規模での酪農を実践したいと考えるようになりました。そこで、手つかずになってしまった遊休農地をお借りして、牛を放牧する現在のスタイルに辿り着いたんです。

 

 

––木下さんは、これからどんな未来をつくっていきたいと思いますか?

私が憧れたスイスやニュージーランドの里山の景観づくりを、まずは小布施牧場で実践すること、そして、そのスタイルを全国各地に広めていくことが自分の役目だと考えています。

日本には里山がたくさんある。でも、少しずつ高齢者の方が増えて、離農されている方も増えてきました。そこを活かして放牧地にしたり、牧草地にしたり、野菜や果物を育てたりできたらいいなと思います。

でも、決して無理はしたくなくて。私たちが実践する「小規模・放牧・地域内循環」をキーワードに高い付加価値にこだわった6次産業というスタイルは、牛も人も負担のかからない、まさに“楽農”。持続可能な方法で里山の風景を守ることができたら、と考えているんです。

まずは、ここ小布施から、自分たちが信じるスタイルを実践していきたいですね。

 

小布施牧場

Profile

写真: 小布施牧場 代表 ・酪農家 木下荒野さん
小布施牧場 代表 ・酪農家 木下荒野さん
1989年、長野県小布施町生まれ。須坂園芸高校、酪農学園大学酪農学科を卒業。永井農場(東御市)にて3年3ヶ月間、稲作と酪農部門を担当。ニュージーランドのNorthash社にて1年間、放牧型酪農を経験。その後1ヶ月間、妻とイタリア、スイスの牧場をめぐり、食文化、生活文化に触れながら遊学。人工受精士。家族は妻と3児。
ライター:小林拓水
撮影:小林直博
ロゴ: くらしふと信州

くらしふと信州は、個人・団体、教育機関、企業、行政など多様な主体が分野や世代を超えて学び合い、情報や課題を共有し、プロジェクトを共創する場です。
多くの皆様の参加登録を受け付けています。
https://www.kurashi-futo-shinshu.jp

“くらしふと”したくなったら